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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)8737号 判決

原告 木村寿美 外二名

被告 村田栄子 外一名

主文

一、原告等の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等は「一、被告等は原告等に対し東京都墨田区吾嬬町西九丁目六十番地、家屋番号同町六十番の七、木造瓦葺二階建店舗一棟建坪四十三坪六合六勺二階四十二坪の内向つて右端の一戸の階下の一室建坪八坪三合五勺(別紙〈省略〉図面斜線部分)を明渡すことを要する。二、被告村田は原告等に対し昭和二十九年七月二十日以降右明渡ずみに至るまでそれぞれ一ケ月金四百七十円を支払うことを要する。三、訴訟費用は被告等の負担とする」旨の判決並に保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その原因として、

(一)  原告等は各三分の一の持分を有する請求の趣旨記載の家屋の共有者であるところ原告木村寿美の亡夫にして原告くに子及び同公一の亡父である訴外木村芳平は右家屋中請求の趣旨記載の部分を昭和二十八年一月七日被告村田の先代村田チカに対し、期間一ケ年、賃料一ケ月金一千四百十円毎月二十八日払とし、かつ、次の特約を附して賃貸した。即ち原告の承諾なく造作を取付けその他原形を変更しないこと。右特約に違反したときは右賃貸借を解除されても異議のないこと。

(二)  右被告先代村田チカは昭和二十九年一月一日死亡し、被告村田は相続により右賃貸借関係を承継したが昭和二十九年七月初頃、同被告は原告等に無断で本件貸室の表入口、横入口を模様替えして、その硝子戸全部を入替え、玄関入口の土間を板張にし、奥六畳の居室を三畳と土間(板張)三畳にし、その他造作換えをして美容営業用に改造し、営業を開始した。

(三)  被告村田の右所為は前記賃貸借の特約に違反するので原告等はこれを理由として被告村田に対し昭和二十九年七月十八日内容証明郵便をもつて契約解除の通知をなし、右通知書は翌十九日被告村田に到達したから右同日をもつて右賃貸借は終了した。

(四)  被告江口は被告村田と同居して本件貸室を共同占有している。

(五)  よつて原告等は被告等に対し本件貸室の明渡を求め、かつ、被告村田に対しては右賃貸借終了の翌日である昭和二十九年七月二十日から右明渡ずみにいたるまで一ケ月金一千四百十円を各原告の持分に応ずる金四百七十円宛の損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べた。〈立証省略〉

被告等は主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁として、(一)原告等が本件家屋に対するその主張の如き持分を有する共有者であること及び原告等の先代木村芳平が原告等主張日時本件家屋の部分をその主張の如き賃料となし、被告村田の先代チカがこれを承諾したことは争わないが、原告等主張の特約の存在は否認する。元来被告先代チカが本件家屋の部分を賃借したのは原告等の先代芳平が本件家屋の所有権を取得した以前からであり、原告等主張日時右チカが始めて本件家屋部分を賃借したものではない。(二)被告村田先代村田チカが原告主張日時に死亡し、被告村田が相続により本件貸室の賃借人たる地位を承継してこれを占有している事実は認める。(三)原告等主張の如く被告村田が本件貸室を美容室に改めた事実はあるが、右は改造ではなく単に修繕及び造作替えを施したに過ぎないから仮に原告等主張の如き特約があるとしても被告村田の所為は特約違反とはならない。(四)原告等主張日時、その主張の内容証明郵便が到達したことはこれを認める。(五)被告江口が本件貸室に居住する事実は認めると述べた。〈立証省略〉

理由

一、原告等が本件家屋の共有者であり、その持分が夫々原告等主張の如くであること、被告村田の先代チカが原告等主張の本件家屋部分を賃借し、右賃料が原告等主張日時月千四百十円とせられたこと及び被告村田が相続により右チカの賃借人たる地位を承継したことは何れも当事者間に争はない。

証人木村己之吉の証言及び同証言により成立を認め得る甲第二号証(住室賃貸借契約証書)によれば原告等主張の如き特約の存在を認めることができる。しかして、証人斎藤久司の証言及び被告村田本人の供述によれば、被告村田は昭和二十九年七月初頃本件貸室の玄関入口の土間を板張にし、奥六畳の畳敷の一部を板張の土間に改造し、玄関の硝子戸を入換え、電気の配線をかえる等造作を施すと共に柱の腐つた部分を修理し壁を塗り直して改装しパーマネント営業を開始したことを認めることができる。併し、右工事に当り被告村田は本件貸室の柱その他根本の構造を変えたものでないことは明かであり、かつ、これによつて本件貸室の建物としての価値はむしろ増加したことが証人木村己之吉、同時尾昇、同斎藤久司の各証言によつて窺えるのみならず証人斎藤久司、同寺尾昇の各証言によれば、被告村田先代村田チカは戦前(原告等の先代芳平が本件家屋の所有権を取得する以前)より本件家屋の部分を賃借し、その一部店舗を飲屋式に改造して飲屋を営業していたが戦時中酒が統制せられるに及び更にこれを改めて畳屋を開業していたことを認めることができる。これによれば本件貸室については従前より営業の為の模様替えは認められていたことを知ることができ、かつ、これが賃借人の止むを得ない事情に基く場合はその模様替えが相当の限度を越えず賃貸人に著しい不利益を与えない限りこれを容認するのが寧ろ一般に信義則に適合する所以であろう。被告村田が先代の母たる前記チカの死亡後美容所を本件貸室において営んだことは正に止むを得ない事情に基くものであり、而もその模様替えも相当の限度に止り、決して賃貸人たる原告等に著しい不利益を与えるものでないことは前記認定の通りである。故に被告村田の本件模様替えを以つて前記特約に違反するものとしてもこれを以て本件賃貸借を解除せんとする原告等の行為は信義則に反するものと謂わなければならない。よつて原告等の本訴請求はこの点において失当として排斥すべく、従つて被告江口に対する原告等の請求も亦理由がない。

二、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第八十九条、第九十三条による。

(裁判官 安武東一郎)

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